南京否定論のプロパガンダが成功するわけと北風と太陽

「大したことない」という論理 - ノーモアのコメント録を読んで,何で相当割合の日本人が「たいしたことない論者」に流れてしまうのかについて,「たいしたことない論者」をバカにするだけじゃ解決しないだろうと思ったので,分析してみた.

基本的に「たいしたことない論者」は別に南京否定論が真実だと思って主張しているわけじゃなくて,中国が非難してくる南京大虐殺を心情的に処理することが出来ないから発作的に南京否定論にすがりついてるに過ぎない.そんな人に南京否定論は真実ではありませんと言っても,キリスト教の人に神なんているわけないだろボケと言ってもどうにもならないのと同様に,考えを変えるわけがない.*1

自分も理性では肯定派がもっともな主張をしてるのはわかるんだけど,正直,肯定派が南京大虐殺について書く文章を読んでいると感情的な面で処理できないことが多い.

何で処理できないかを考えるために,身内で悪いことをした人間が出たときを考える(さらに,「落とし前つけろやー」と叫びながら扉をどんどんと叩いてくると).これに対してどう処理するかを考えると,

  1. 忘れる.ないしは,責任については無視する
  2. 悪いことなどしていないと主張する
  3. 悪いことをした人間は身内ではないと定義し直す
  4. 悪いことをした人間を,正当な方法で償わせる
  5. 悪いことをしたことは認めるが,やむにやまれぬ理由があってしたのだと信じる
  6. 悪いことをしたと認めて,連帯して責任を取る

という風に場合わけ出来ると思う.(他にもあると思うけど)で,(6)の合理化手法をとれる人間(非常に強い人間だと思いますが)は非常に限られるのではないかと思う.

ドイツの戦後処理は基本的には(3),あとは(4)に基づいてるように見える.ホロコーストを否定する言論を法律で禁止したり,鉤十字を禁止しすぎて一歩間違うと卍まで規制されかねなかったり.日本人から見るとおまえら結局ナチスを選挙で選んだんだからナチスを悪役扱いして処理するのどうよとか思うけど,その議論を許容してしまうと(3)の方法が使えなくなるから困る*2.他の処理法は(1)をとれるほど時間が経っているわけでもなく,(2),(5)は被害者から認められるとは思えないし,(6)は全員そのように処理できるわけではないから国としての解決策としては不足ということになる.

じゃあ,日本はどうかと言うと恐ろしいほどに悪役がいない.せいぜい,各軍首脳部は悪役に出来そうだし,現にA級戦犯として悪役に出来た.でも,今問題になってる話ってホロコーストと違ってその悪役がいなくてもおきそうな話ばかり.たとえば,南京大虐殺は南京の中国人は虐殺すべきと首脳部から直接指令書が来て実行したなら良いんだけど,そういうわけでもないらしい(否定派の皆さんないんですよねw).慰安婦にいたっては正式な命令書がないと来てる(なんですよね?否定派の皆さんw).

悪役からの命令書がなくてもナチのSSのように志願した人たちが,悪事を働きまくったのならそいつを悪役にしてしまうことは出来る.でも,南京で大虐殺をした人たちって基本的には徴兵された人たちなわけで,運悪くその時代に生まれてたら自分もその中にいかねない.そう考えるとそいつは身内ではないとして処理するのは(少なくとも自分には)出来ない.結果,(2)と(5)のスタンス以外はとれないことになる.

もちろん,強姦とか明らかに無抵抗な人間の殺害は(5)の方法で合理化することは出来ない.軍法会議なりできちんと処理されていれば良かったのだけど(つまり,(4)の方法),そうではないようなのでこれに関しては(2)の立場をとらざるを得ない.穏健的否定派が便衣兵にこだわる理由はそこにある.

結局南京否定論は真実ではないといくら叩いても,(ある種の人間は)心の底では(2)ないしは(5)のスタンスしかとれないのだから(2)を主張しなくなるだけで,はいはいうなずきながら心の中で(5)を信じるようになる.(もしくは(1) )もちろん,南京否定論を捨てて(6)や(3)に移行することは(ほぼ)ない.この状況での解決策は

  • ぐだぐだと千年くらいすごして(1)に移行する
  • 悪役を見つけて(3)に移行させる
  • (5)なのだけど,双方(日本と被害国の国民)が許容できる落とし所を見つける.*3

くらいしか思いつかない.

あと,否定派の人がすぐに肯定派の人を中国の工作員とか罵るのはこれ以外の構造の心情が存在することを理解できないから.もしくは,軍隊という存在自体を悪役にして(3)で解決しているのではないかといぶかるから.

ちなみに,この機会に肯定派の人に質問したところ南京に関しては国家賠償は済んでいるらしいので,これから自分は(1)で通すことにする.つまり,罪は認めるけどいっさい責任を取らないと言うスタンス.といっても,南京とか慰安婦とかを話題にしてくる中国人や韓国人なんてあったことないけど(職場の3割くらいが中国人か韓国人にもかかわらず).

追記

あと,上のような心理的なジレンマに陥るのは扉を叩いて責任を糾弾する人間がいるからなので,それが虚像であることを示せば議論の土俵に降りてくるはず.逆に,南京否定論が中国脅威論ないしは中国不気味論を伴うのは,その恐怖感を最初に植え付けておかないとプロパガンダが成功しないから.でも,中国の国力が大きさとして脅威なのは否定しようがないし.未だに一党独裁な国の政治体制が不気味でないとは言いがたいから,恐怖とまでは行かなくても不信感を植え付けるのは非常に容易.

*1:そこら辺のことは論争するまでもなくわかりそうなものなのに論破戦術にこだわる肯定派の人は不思議

*2:それに,選挙と言っても胸を張って民主的ですと言える政治状況じゃなかったし

*3:日本国内の問題でしかないなら,一世代くらいの時間で(1)による解決が可能だと思う.責任を取らされることがないのなら,真実を啓蒙すればそれでいい