液晶オタが非オタの彼女に液晶を軽く紹介するための10相

どのくらい間口が狭いネタでも大丈夫かのテスト.たぶん狭すぎてアウトだと思うけど,化学オタが非オタの彼女に化学世界を軽く紹介するのための10物質 - 有機化学日誌に触発された.液晶オタが非オタの彼女に液晶を軽く紹介するための10分子でも良かったんだけど,そこまで詳しくないし(特に,FLC関係の分子でどれがメジャーなのかがわからない),さらに,重要な相のいくつかは混合系じゃないと出ないしと言うのも含め難しい.10分子で言えば有機半導体 10分子でも良かったんだけど,これはこれでOLEDとOFETの配分が難しい.

まあ、どのくらいの数の液晶オタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、「オタではまったくないんだが、しかし自分のオタ趣味を肯定的に黙認してくれて、その上で全く知らない液晶の世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」

ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、液晶のことを紹介するために見せるべき10相を選んでみたいのだけれど。(要は「脱オタクファッションガイド」の正反対版だな。彼女に液晶を布教するのではなく相互のコミュニケーションの入口として)

あくまで「入口」なので、XRDを取らないと区別できないような細かい相は避けたい。できれば偏光顕微鏡で見てすぐわかるような相にとどめたい.

あと、いくら液晶的に基礎といっても古びを感じすぎるものは避けたい。バイレイヤー好きが『SmA2』は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。

そういう感じ。

彼女の設定は

液晶知識はいわゆる「液晶テレビに使われてる」的なものを除けば、よく知らない.物理の理解度は低いが、頭はけっこう良い

という条件で。

まずは俺的に。出した順番は実質的には意味がない。

B2相(SmCP相)

まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「B2以前」を濃縮しきっていて、「B2以後」を決定づけたという点では外せないんだよなあ。

ただ、ここでオタトーク全開にしてしまうと、彼女との対称性が崩れるかも。

この情報過多な相について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて必要最小限の情報を彼女に伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション能力」の試験としてはいいタスクだろうと思う。

ネマティック相,コレステリック相

アレって典型的な「オタクが考える一般人に受け入れられそうな液晶相(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのもの

という意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには一番よさそうな素材なんじゃないのかな。

「液晶オタとしてはこの二つは“一番身近な液晶”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。

カラムナーヘキサゴナル相(Col_h相)

ある種の電子物性オタが持ってる電子伝導への憧憬と、ドイツ仕込みのGDM的な伝導へのこだわりを彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えて,

「重なり積分的な流しやすさ」を体現するフタロシアニン液晶

「カラムの配向的な流しやすさ」を体現するトリフェニレン液晶

の二種類をはじめとして、液晶でも電子伝導が起こりうることを最初に示してくれた相なのが紹介してみたい理由。

SmC*相(いわゆる「強誘電性液晶」)

たぶんこれを見た彼女は「キヤノンだよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。この相を使ったディスプレイがその後(ほとんど)続いていないこと、これが液晶業界では大人気になったこと、TFT-LCD実用化後にものにならないとわかった会社が軒並み有機ELの研究に移って,それが液晶ディスプレイを駆逐してもおかしくはなさそうなのに、ソニー以外はまだ有機ELテレビをつくっていないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。

ブルー相

「やっぱり液晶研究は面白い相自体の研究だよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「キュービック相」でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、この相にかける人々の思いが好きだから.

断腸の思いで伸ばしに伸ばしてそれでも1K以下っていう狭い温度範囲に、螺旋誘起力と欠陥の自由エネルギーの微妙なバランスの上でしか存在できないこの相のはかなさを感じて,どうしても俺の心をつかんでしまう.

ブルー相の温度範囲を俺自身は極端に短いとは思わないし、もう伸ばせないだろうと思ってたけど,これが九州大学ケンブリッジの手にかかると,60K以上の温度範囲になって液晶研究の奥深さを体感することになる.

その上,サムソンがこの相で試作ディスプレイを作ってしまう始末.どうしても「自分の物理を盲信して,それが捨てられないオタク」としては、敗北感を禁じ得ない。

この液晶がうっすらと放つ青い選択反射と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。

反強誘電性液晶(AFLC)

今の若年層でAFLCのセルを見たことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。バナナ液晶よりも前の段階で、液晶の物理とかセル作成技法とかはこの相で頂点に達していたとも言えて、こういうクオリティの液晶研究があの時代に行われていたんだよ、というのは、別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなく液晶好きとしては不思議に誇らしいし、de GennesとChandrasekharでしか液晶を知らない彼女には見せてあげたいなと思う。

SmC*副次相

「終わらない相の細分化が永遠に続く」的な感覚が液晶オタには共通してあるのかなということを感じていて、だからこそ強誘電性液晶の研究の最後はdevil's staircase以外ではあり得なかったとも思う。

「永遠に続く新規相の発見」という液晶オタの傾向が今日さらに強まっているとするなら、その「オタクの気分」の源は強誘電性液晶のもっと言えばそのdevil's staircaseにあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、Isingか螺旋かと言う当時の論争を単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。

B4相

これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。こういう構造がよくわかっていない液晶相をキラル分掌と言う形で論文化して、それが非オタに受け入れられるか気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。

バイアクシャルネマティック相(biaxial nematic, Nb相)

9相目まではあっさり決まったんだけど10相目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にbiaxial nematic相を選んだ。B2から始まって,同じく,(サーモトロピックな1成分系としては)屈曲型コアの分子で最初に発見されたbiaxial nematicで終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、古くから理論的に予想されていたけれども発見が遅れた液晶相でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい相がありそうな気もする。

というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10相目はこんなのどうよ、というのがあったら教えてください。