anti reflection coating 2題

ふと展示会に行った時に眼鏡のコーティング談義に花を咲かせてしまった.マルチコートは緑を強調してるけど,そんなに層数は多くなくて,昔のペンタックスのレンズのようなマゼンダにみえるコーティングは,MgF2の単層コートに見せかけて,もっと反射率を落としてあるので,実は9-10層くらいあるよ的な,まあオタクしかしない話.

で,それに触発されて二つ前々から疑問だったことを確かめようと思った.

モスアイ構造は本当に光取り出し効果あるの?

モスアイ構造というのがある*1

この構造は波長より小さい周期の凹凸で構成されていて,表面の反射を角度によらずほとんどなくすことが出来ると言われている.確かに,どんなに反射が強い材料でも,この構造にするとほぼ完全に真っ黒になる.

反射をなくすだけなら他にもいろいろと技術はあるんだけど,バイオミメティック的な由来のせいか,人目を引きやすいので,結構何にでも応用されてる感がある.

たとえば,

  • 液晶画面やレンズの反射防止
  • 太陽電池の表面
  • LEDの光取り出し

など.

で,LEDの光取り出しに使われるということは,内側から来る光も角度によらず反射しないんだろうなと漠然と思っていたのだが,よくわからないので計算で確かめようと思った.

モスアイ構造の理論計算はひどく簡単で,理想的なモスアイ構造は波長に対して無限に細かい構造と考えることが出来るから,屈折率は空気層との平均になる.たとえば,つまり屈折率は三角形の底辺から頂点に向けて徐々に小さくなって,最終的に外側の屈折率と同じになることがわかる.

なので,複雑な計算は必要なく多層膜の反射率の計算でいい.これなら,特性マトリックスの計算をすれば事足りる*2

ということで,屈折率3.5の基板に高さ2umのモスアイ構造を刻み込んだ構造の反射率を計算すると次のようになる.*3

f:id:smectic_g:20110306233517p:image

波長によらず,ほれぼれするくらい低い反射率となる.この構造の波長500nmでの反射率の角度依存性を見ると,次のようになる.

f:id:smectic_g:20110306233516p:image:w400

青線が表面から,赤線が屈折率3.5の基板側からの光の反射率となる.実線はs偏光,点線はp偏光だがモスアイ構造の場合,この二つはほとんど反射率が変わらない.

まず,青線を見てわかるようにかなり斜めから光を当てても低い反射率を保っている.これに関しては,屈折率の刻みを細かくすれば細かくするほど広い角度まで低い反射率を保つので,多分,本当に理想的には80度前後の入射角までほぼ0の反射率になるのだと思う.

問題は,赤線.だいたい17度くらいで全反射となり,反射率が1に張り付く.屈折率3.5のスラブの全反射角が16.6度だから,まあそういうこと.モスアイにしても平面構造と同様に全反射することがわかる.

その意味で,LEDの光取り出しにモスアイを使おうとしている人がもしいたら,とりあえずやめとけというか,波長と同レベルの大きさの構造だと違う現象が出てきて,一見モスアイの様にみえる構造が,きちんとLEDの光取り出し効率を上げる可能性は高いので,もう少し言い方を考えようという感じがしてくる.

逆に,太陽電池の場合には表面にモスアイ構造を使っても,どこかの段階で細工をすれば光閉じこめをはかれる可能性があるということで朗報.もっとも,両面モスアイだと単に真っ直ぐ入射して真っ直ぐ跳ね返されて終わるわけだが.

AR(反射防止)コートは低屈折率材料が必要か?

上のモスアイ構造もそうだし,教科書に載ってるARコーティングも元の基板よりも低い屈折率の材料を使う*4

なので,ARコートには低屈折率材料の使用が不可欠だと思っていたのだが,実はそうでもないらしいという話を聞いた.と言うことで,検証する.

ガラス(n=1.5)のARコーティングを,ガラス(n=1.5)と酸化ニオブ(n=2.35)を何層か重ねて作ることを考える.ARコート無しの場合反射率は4%.

400-800nmの反射率を出来るだけ下げるように,膜厚を最適化すると,次の表のようになった(基板側から膜厚を順に表記して厚さはnm表記)

ARなし2層4層8層
反射率4%2.30%0.47%0.39%
n=2.35 117.613.214.0
n=1.5 88.337.336.7
n=2.35 122.2134.7
n=1.5 90.540.9
n=2.35 26.2
n=1.5 44.7
n=2.35 126.9
n=1.5 90.6

また,それぞれのARコーティングの反射スペクトルは次のようになる.

f:id:smectic_g:20110306233520p:image

まあ,本当に最適化されているかはともかくとして,基板より同じか高い屈折率の材料だけを使っても,ARコーティングとして恥ずかしくないレベルの低い反射率を実現できている.*5

6層の結果がないのは,6層を使っても4層よりも低い反射率のものが得られなかったから.10層も最適化すると,なぜか0nmの層が出来て実質的に8層として最適化される.

具体的にどうしてかはわからないが,4層のARコーティングを改善するためにはさらに4層必要で,8層のARコーティングを改善するためにはたぶん同様に8層が必要なのだろう.

ということで,まとめ

  • モスアイ構造は,表面からの反射率を,波長や角度によらずほぼなくすことができるが,内側からの光はスラブと同様に全反射する.
  • 数層のコーティングを施すことを前提にすると,反射防止コーティングを構成するのに低屈折率層は必ずしも必要ではない.

追記(2012-04-01)

2chですごい勘違いされた受け取られ方をしていたので,追記.

上の話はARコートは普通元の素材と比べて屈折率が低い材料を組み合わせて作るけど,それってほんとうに必要なのという疑問に対して実際に計算してみると,元の材料以上の屈折率の材料だけでもARは作れたよという話.なので,普通のARの話と受け取られると困る.

実際,確かに作れるけど,屈折率が低い材料を使ったほうが同じ層数なら全然反射率は下げれる.補足にも書いたけど,単層のマゼンタコートですら普通に可視光反射率は2%切るわけで,かなり層数に対する効率は悪い.

あと,奇数層しか計算してないのは,元の材料より高い屈折率を最表面に持っていったら反射が増えるのは自明だから検討してないだけ.

*1:いわゆるmoth-eye構造のSEM像が載ってる適当なページ-403 | Forbidden | University of Southampton

*2isbn:9784900474963には特性マトリックスの計算に必要な式がほぼ全て載っているので手元にあると便利

*3:実際には,屈折率が徐々に小さくなる10nmのスラブを200層重ねた構造の反射率だが,屈折率が離散的に変化していることは垂直入射なら,そんなに効いてこない

*4:単層コートの場合,元の基板の屈折率の平方根の屈折率を持つ材料だと反射率が0の波長を一つ作れる

*5:効率という意味では,あまり良くない.たとえば,2層を利用したものは単層のマゼンタコート(MgF2)よりも反射率が高い.