SamsungのBlue Phase LCDについて

no title

誰も何も書かないので,ポインタを示しておこうと思った.

blue phase

まず,blue phaseってなんだよって話だけど,ブルー相について | 菊池・奥村研究室@菊池研参照.

細かい構造はともかく,この相は光学的に等方で,どの方向にも複屈折を持たないということがポイント.つまり,何もしていない状態で液晶ディスプレイのように直角にした偏光子を挟むと真っ直ぐからだけじゃなくてどの方向から見ても真っ暗と言うこと.

普通のネマティック相(blue phaseも基本的にはネマティックなんだけどね)には複屈折があって,たとえば,VAモードはたまたま複屈折がない角度を正面にしてるから暗く見えるけど,横から見ると明るくなってしまうので,いろいろと補正しなきゃいけない.IPSは分子の向きがきっちりあってれば,どこから見ても原理的には暗くなるけど,分子の向きをきっちり合わせるのが難儀.一方,この相では何もしなくても原理的に真っ暗と言うのが強い.配向膜がいらないという売り文句はここから来る.(実際には絶対使ってると思うけど)

こんなにディスプレイ向きの特徴を持ってて,かつ発見自体も古い*1この相がなんでこんなに冷遇されてきたかと言うと,通常は等方相液体とネマティック相の間の数度の温度範囲でしか出てこないから.

その,物理屋さんのおもちゃでしかなかったblue phaseを,応用が考えられるくらいの広い温度範囲で発現できるようにしたのは,(自分の知る限り)九州大の菊池先生の功績.*2

あと,最近になって高分子安定化しなくてもそこそこ広い温度範囲でblue phaseを示す材料も発見されてるからそれを使ってもいい.

どうやって光をコントロールしてるの?

液晶ディスプレイってのは電場をかけて*3複屈折を変化させて光の強度をコントロールするというのが(TN系列以外の)基本.

この場合,元は複屈折が完全にない状態なので,何らかの形で複屈折が発生すればいい.

blue phaseでのスイッチングの機構は,二通りの可能性があって,

  • blue phaseが壊れないくらいの電場をかけるとKerr効果(wikipedia:カー効果)によって複屈折が発生する.
  • blue phaseにさらに強い電場を印加すると,blue phaseが壊れてコレステリック相になるので,複屈折が発生する.(これでも,高分子のマトリックスの中にいるからか,普通のネマティックよりも速いらしい)

の2通り.前者の方が二つの意味で筋が良いけど,得られる複屈折の量が後者の方法,ないしは普通のネマティック相ほどは大きくない.ただ,blue phaseでは比較的大きなKerr係数が報告されているので,常識的な厚みで何とかディスプレイが作れるくらいの複屈折は得られる.

前者が二つの意味で筋が良いってのは一つは,Kerr効果だと分子の動きが少ないので応答速度が速いということ.もう一つは,コレステリック液晶にしてしまうと(普通は,螺旋が横を向いたコレステリック液晶になるはずなのだけど),たぶん螺旋の向きと分子の向きが制御しづらい = 複屈折の方向を制御しづらいことが,視野角の上ですごい問題になるだろうということ.一方,Kerr効果だとかける電場の方向で(つまり,電極の配置で)複屈折の方向を制御できるので便利.たぶん,今回のディスプレイもIPSみたいな感じで矢筈型の電極構造になってるはず.

最初,後者の方式でスイッチングしてるのかと思って,ダークがとれるのはいいけど,どうやって視野角を確保してるんだろうとすごい不思議だったけど,前者と考えるとそう不思議でもない.

追記

wikipediaのblue phaseの解説(Blue phase mode LCD - Wikipedia)が詳しすぎて受けた.

ちなみに,このページに載っているストローでつくった模型はBP IIの構造.今からBPの模型を作ろうとする人は東急ハンズで蛍光を放つスパイラル状の模様がはいったアクリル棒が売っているのでそれを使うのがいいと思います.

*1:菊池研のページを見る限り,ネマティックと等方相の間に,なんかいると言うのは液晶研究の初期の1920年代にはわかっていたらしい.1970年代に液晶の物理に関しての長足の進歩があって,その一環でこの相も構造が解明された

*2:ちなみに,BP IとBP IIがメジャーな二つの相で,BP IIの方が構造がシンプルなのでblue phaseの模式図としてはこちらの方がよく書かれる.このトップページにあるのもBP IIの構造.なのだけど,なぜか,BP Iしか固まらなかったような記憶がある

*3:普通の液晶に電流を流すと壊れます