UV2A続き

昔書いたシャープのUV2A - smectic_gの日記が今読み返してみるとあんまりなので,書き直してみる.

といっても,本職じゃない(ので好き勝手書ける)ので,間違っていたらご容赦を.

VAモード

wikipedia:VA方式を見てと言いたいわけだけど,

  • off状態
    • 基板に対して分子が垂直
    • 複屈折=0
    • 偏光板を垂直に挟んだ中にパネルをいれると,真っ黒.
  • on状態
    • 基板に対して分子が傾いている
    • 複屈折≠0
    • 偏光板を垂直に挟んだ中にパネルをいれると,明るくなる

の二つの状態を組み合わせて,画面の明暗をつけている.

マルチドメイン

VAでは,ひとつの画素は複数の傾く方向の異なるサブ画素から構成されている(マルチドメイン).なんで,こんな面倒くさいことをしているのかというと,マルチドメインにしないと視野角がひどいことになるから.

VAモードは液晶分子が基板に対して立った複屈折のない状態から,液晶を寝かせて複屈折を発生させて光をコントロールする.

f:id:smectic_g:20100102212917p:image:h150

でも,上の図の左側からわかるように,一方向だけに倒してしまうと見る角度によって,複屈折が違っているために明るさが違ってしまうことになる.一番ひどいのは,液晶の倒れた角度から見る場合で,この場合には電圧をかけて明るくしようとしているのに,真っ暗に見えてしまう.

これに対して,逆方向に傾けた画素を追加すると,片方のピクセルは真っ暗でも,逆方向に傾けた画素は逆に明るくなるから(上図左の右下に向かう矢印),明るさが平均化される(上図左の3つの丸の明るさの平均).つまり,角度による明るさの変化がだいぶ誤魔化せる.*1

なぜ液晶が倒れるのか

ここまでで,VA方式の液晶パネルを作るには,

  • 電圧をかけてない状態で液晶がおおむね立っている
  • 電圧をかけると液晶が倒れる
  • サブ画素単位で,別々の方向に液晶が倒れる

という条件を満たす必要があることがわかった.

では,液晶を電場をかけて倒すにはどうすればいいのか考える.

VAには誘電率の異方性が負のものを使う.この液晶は電場をかけるとそれと垂直に液晶分子が並んだほうがエネルギーが低くなる.つまり,液晶画面に垂直の方向に電圧をかけると液晶分子は横を向いたほうが楽になる.(下図)

f:id:smectic_g:20100102212919p:image:h150

この状況はドミノ倒しと同じで,ドミノも立っている状態と倒れた状態では倒れた状態の方がエネルギー的に低い.でも,これで十分かというとそうではなくて,

  1. 倒れたほうがエネルギーが低いからといって,勝手に倒れてはくれない.(ドミノが勝手に倒れないから,ドミノ倒しが出来る)
    • 実際には液晶分子の向きは常に揺らいでいるので,少し時間はかかるけど倒れてはくれる.ドミノで言えば,常に小さな地震が起きていてドミノがぐらぐら揺れているような状態.
  2. 倒れてくれるのはいいけど,どの向きに倒れるのかわからない(下図左).
    • VAに使うには,狙った方向に倒れてくれないと困る.

という二つの問題がある.

f:id:smectic_g:20100102212916p:image:h150

この二つの問題を解決するためには倒れ癖をつけておけばいい.ひとつの単純なやり方としては,上の図の右側のように最初に少し傾けておけばいい.そうすることで,倒れかけたドミノと同じように

  • 最初に少し傾けた方向に必ず倒れてくれる.
  • 傾けてない状態よりも速く倒れる

というように,問題を克服できる.

従来の方法とUV2Aの違い

基板全体の液晶を少し傾けるだけならば,液晶を垂直に配向させる膜(垂直配向膜)を基板に塗ったあとに,すこし基板を布で擦ればできる(やったことないけどたぶん).でも,サブ画素ごとに違った方向に液晶を少し倒すのは難しい.

では,実際にどうやっているのかというと,サブ画素ごとに少し突起を作って,その上に垂直配向膜を塗る.こうすることで,突起の上の液晶は突起に対して垂直になろうとするので,液晶を基板に対して傾けることが出来る.(下図左側)

f:id:smectic_g:20100102232334p:image:h150

これに電場をかけてあげると,

  • (上で書いたように)すでに傾いているところの方が傾きやすい
  • 液晶分子は周りと揃いたがるので,近くが傾いているとその方向に傾きやすい

ので,傾いた突起からドミノ倒しのように傾くことになる.

この方式には

  • ドミノ倒しのように,変化が伝わるので全体が傾くのに時間がかかる.
  • 突起のところで分子の向きが急激に変わってしまうので,どうしてもそこが明るくなってしまいがち.

などの問題がある.

これを改善するためには,上図右側のようにサブ画素全体を少し傾ければいいんじゃないか?と誰しもが思う.サブ画素全体を一様に少し傾ければ,全部の液晶分子が同時に傾くので速いし,突起のところが変に明るくなったりもしない.この誰でも考えそうなアイデアを「実現」したのがUV2Aということになる.もちろん,全体を一様に傾けてしまうと,全体が一様に少し明るくなってしまうからコントラストに影響が出る可能性はある.でも,以前計算したように,1度や2度傾ける程度ではほとんどコントラストには影響しないので問題ない.

さっき書いたように,配向膜の上を布で擦る手法だとサブ画素ごとに方向を変えるような器用なことは出来ない.でも,光を当てることで配向膜の性質を制御できるなら,マスクを通してサブ画素ごとに光を当てたり当てなかったりすることで,サブ画素ごとに狙った方向に並べることが出来る.

この「光配向」という手法は

  • 液晶の向きを細かく変えることが可能
  • 基板の大型化が可能
    • 配向膜の上を布で擦る方法は,布(ラビング布)を巨大なローラー(ラビングローラー)にキレイに巻き付ける必要があるが,職人といえども2mとか3m幅の布をキレイに貼れと言われるとさすがに厳しい.
  • 歩留まり向上(光配向の論文は,ラビング布を使わない結果,ダストや静電気が減るので歩留まり向上というストーリーが多い.そんなことないよという人もいるし,結構効くよという人もいるのでよくわからない)

というような,いくつかの意味で期待されていて,昔から研究され続けている.でも,意外と従来技術はしぶとかったらしく,なぜか実用化されない技術だった.

普通の研究用の光配向膜はアゾ色素(-N=N-)を使っていて,光を当てると光の吸収を最小にするように分子の方向が変わる.*2

たとえば,直線偏光を当てるとそれと垂直の向きにアゾ色素の-N=N-が向くように分子が回る.

これは,

  1. アゾ色素が光を吸収.
  2. 直線上だったアゾ色素がシストランス転移を起こして曲がる.
  3. 時間が経過すると,直線上に戻る.
  4. 戻る時,1/2の確率で元の角度から回ってしまう.

という原理で,光の吸収に比例して元の角度にいられなくなるから,光の吸収を最小にする角度に分子が回転することになる.

通常は光の偏光で,配向膜の分子の向き,ひいては上に載せた液晶の向きを制御するのだけど,今回は傾く方向を制御しなくてはいけないから,偏光では制御が難しい(偏光の方向に正負はないので).たぶんランダム偏光か円偏光を入射方向を垂直から少し傾けて照射することで,垂直から少し傾いた方向に配向膜を並べているのだと思うけど,ここら辺は詳細は完全に不明.この推測が合っているのかも不明(そもそも,偏光なら複屈折を持つマスクを一つ使えばいいのだけど,入射方向だときちんとした平行光を用意した上で,マイクロレンズのような凹凸のあるマスクを用意して1回か,向きを変えてサブ画素の数分露光する必要があって,どちらにしろ面倒くさい)

追記(2010-08-03)

仕事でシャープ技報を漁る羽目になって,いろいろ見てたら,UV2Aを開発者みずから説明してたレポートが上がっていたので,リンクを載せておく.

世界初の液晶光配向技術UV2Aの開発 (PDF:1,061KB)

たぶんこれよりは分かりやすいはずだけど,読んでみた限りでは,液晶科学者は初心者向け文書が下手だという印象を紙一重で与えてしまいそうな感じ.

*1:正直,中間色のガンマは今の最新のVAパネルでも視野角依存性がひどいと思ってる自分はIPS厨

*2:無論,アゾ色素なんて可視光で動いてしまうような分子を製品には使えないので,実際に使っているのは原理含めて別の可能性が高い.